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| 現代医学の忘れ物 | ||
| (院長の独り言) | ||
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| 信愛クリニックは、患者様の立場に立って、理念に基づく開かれた医療を実践します | ||
| ◇EBMが普及しないわけは論理に対する態度が欧米と異なるからである |
| ●EBMとは論理的行動学である |
EBMがなぜ日本に定着しないのかという疑問に対し、論理性に対する態度が欧米と日本とのあいだで異なるのも一因だと考えました。 |
| ●日本人は論理が苦手? |
| 私は学校教育を通じて「論理的でありなさい」と教わった覚えがありません。「あのひとは論理的だね」というと一応ポジティブな評価になりますが、「あのひとは理屈っぽいね」というと「論理らしきものを持ち出して主張はするものの現実への適応力や周囲との協調性に欠ける」というネガティブな意味が強い。そして「論理的」という言葉より「理屈っぽい」という言葉のほうがずっと私達の生活に深く浸透している印象があります。 01/9/11米国のテロ事件に対する日本政府の対応にも、国民性が反映されています。そもそも憲法で軍隊は持たない、と宣言しているのにもかかわらず、ヘルメットをかぶって戦闘服をきて、自動小銃を持ち、戦闘機と戦車とミサイルをもつ集団を「これは軍隊とは違う」と主張していることは、論理的とはいえませんね。(お断りしておくと、私は特定の政党・政策を支持するものではありません。憲法の正当性・妥当性・自衛隊の存在の妥当性をここで論じるつもりもありません。ただ論理上の矛盾を指摘するのみです) 非論理的なシステムをどう使うか議論するわけだから、「show the flag!」といわれて、「イージス艦はダメで駆逐艦はOK」とか「拳銃は持つけど小銃はダメ」「持ってても撃っちゃダメ」とかおそらく欧米からみたら訳のわからない非論理的な対応も当然といえましょう。 |
| ●なぜ日本人は論理が嫌いなのだろう? |
| 日本人は論理的に思考することが苦手なのでしょうか? 日本人が平均知能において欧米と比べ極端な差は無いはずです。これは日本の高度産業の発達ぶりや、時に新聞上で発表される「各国学力比較」などを参考に推定できます。少なくとも「知能に差がある」と決定づける証拠はありません。 論理的思考の資質が無いという前に日本人が論理が嫌いな理由を考えてみましょう。論理的に思考する訓練をうけていないとか、論理的に思考する習慣が無い、日本語の言語としての構造が論理的ではない、など日本人が論理を苦手とする理由は色々考えつくけど、要するに論理的に行動する文化が無い、ということだと思う。 論理的に考えることと、論理的に行動することは同じではありません。数学などで、論理的に思考を展開することができても、実際の生活に論理性を持ち込むかどうかは別の問題です。もしも私が論理的に行動することにこだわるとすれば、私は周囲と相当の摩擦・軋轢を覚悟しなくてはならない。「理屈ではそうだけど、実際にはさ・・・」というおなじみの論法です。 これは日本人の行動は「論理」とはまた異なったシステムにより支配されている、ということなのだと思う。私は海外に在住した経験は無いので、西欧社会でどの程度「論理的に行動する」ことが受け入れられるのか実際には知りません。推察するに日本よりは論理的に行動することが求められるのではないでしょうか?異民族同士がコミュニケーションするために、論理的に行動することが必要だったのでしょうか?どなたかご存知でしたら教えてください。 |
| ●論理に対する価値観の違いは宗教の違い? |
| 最近読んだ本に小室直樹「数学嫌いのための数学の本」があります。ここで著者は数学の発祥の歴史を宗教的な必然性から説明しており、強い説得力がありました。日本人の宗教観が欧米と異なる独特なものであることは知られていますが、こういった宗教的背景も論理に対する国民性の違いとなって現れているのかもしれません。 |
| ●論理的でないことはいけないことなのか? |
| 日本人が論理的とはいえない国民性を持つこと、日本人が論理を苦手とする理由について述べましたが、論理的でないことはいけないことなのでしょうか? 結論をいえば、「いけないことではないが、国際化社会の中では論理性をもたないと不利な立場におかれる」と考えます。 論理的であろうとしたとき、失うものは、あります。それに関しては別稿「科学が捨てさったもの」で論じています。私達日本人は、論理性・普遍性・客観性ではとらえきれないものを大切にしてきた国民だから論理性を強調したときに違和感を覚えるのかもしれません。論理的ではない、ということが一方的に劣っている、とか間違っている、とは必ずしもいえないのです。 その一方で資源の無い我が国では他国との関係を無視しては生きてゆけない。西欧文明が世界を制覇してしまった現在、彼らの思考方法である「論理的思考と論理的行動」を理解し実践できないと我が日本が有利にコトを運ぶことは難しいでしょう。 |
| ●論理と非論理は矛盾しない |
| 医学においても「論理と日本人」の構造は同じです。論理性をもつことが西洋医学の真髄の理解には欠かせません。科学としての医学を理解し、それを道具として用いながら「アート」としての医学・医療を追求してゆくのです。「アート」には非科学も含まれるのですが、そこには矛盾はありません。 このコーナー「現代医学の忘れ物」の主張の一つに、「一層科学的でいながら、しかし科学のカバーできないところをもっと見つめよう」と主張する背景について説明いたしました。 ところで、この文章を読みなおしてみると、非論理的な構造、文章が多数みうけられます。我ながら赤面しますが、ま、いっか。このいいかげんさが日本人の特性であります。 |
| ■現代医学の忘れ物(院長の独り言)■ | |||
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