なぜ訪看ステーションは潰れるのか

桜が散り、年度も変わって、新しい出発を感じさせる4月になりました。
皆様はいかがお過ごしですか?

Human willでは「看護師のための心の看かた勉強会」開催のお知らせを、毎月発送しているのですが、訪問看護ステーション宛に送ったチラシが「宛先人不明」で返送されてくることが、よくあります。

一体何が起きているのだろう? もしかして訪看ステーションが潰れてしまったのだろうか? と思った私は、日本看護協会の統計を調べてみました。

それによると、平成29年の1年間に新たに開設された訪問看護ステーションは全国で1221ステーションありますが、同年に活動を止めたステーションは、710ステーションもあります。さらに平成29年に開業しながら1年以内に潰れたステーションが、34ステーションもありました。
こんなに大量の訪看ステーションが潰れている理由は、一体何でしょうか?

その理由を知るために、私は「看護師のための心の看かた勉強会」に参加した訪問看護師や、訪看ステーションに勤務経験がある看護師に、訪看ステーションの困りごとについてインタビューをしました。

その結果見えてきた原因は3つありました。

1つめは、訪問看護師の人員不足です。
夜間や休日に利用者さんからの緊急連絡を受け、出動体制をとるオンコール負担に対して、現在の制度では充分な報酬が得られません。その結果、オンコールを引き受けたナースは自己犠牲を強いられます。しかも主治医となかなか連絡がとれず、必要な指示がすぐにもらえないストレスが大きいのです。
信愛クリニックでは、オンコールを全て私がとることで看護師の負担を減らしています。さらに医師の訪問診療には看護師が同行し、日常業務の中でコミュニケーションを重ねることで、彼女達がより自由に動けるようにしています。

利用者さんとじっくり関われる現場を求める看護師にとって、訪問看護がおいしい仕事とはいえない現状は残念でなりません。

2つめは、人間関係の問題があります。
たとえばステーション管理者が看護師の場合は、メンバーと信頼関係を築き、同じ看護観を持って共に働きたいという気持ちが強いはずです。しかし、それが押し付けになってしまうとメンバーは強いフラストレーションを感じるでしょう。
あるいは、メンバー同士の人間関係がこじれた時におさめることができず、看護師が退職することもあるはずです。個人が開設する小さなステーションでは、看護師の欠員に補充が効かないと、潰れてしまいます。

「心の看かた勉強会」で出会う訪問看護師達は、もっと利用者さんの為に何かしてあげたい、という強い想いを持っています。その一方で、さまざまな人間関係の問題に直面し悩んでいます。そんな彼女たち自身が、人間関係の問題を解決する力をつけていくことが、ひいては彼女たちの想いを成就させることにつながると私は確信しています。

表面的なスキルを用いても、相手の気持ちがわかるようにはならないし、信頼関係を積み上げるには至りません。人間関係の問題を解決する力をつけるには、まずは身近な問題を取り上げて、自分自身の気持ちと向き合うことからはじまります。その学びを体験できる場として「看護師のための心の看かた勉強会」を毎月開催できていることは、私の誇りです。

そして3つめの原因は、訪看ステーション経営をする看護師やメンバーが、ビジネスとしての経営に馴染みがないことがあります。

たとえば、病棟勤務をしていた時には、ケアをすべき患者さんが目の前にいることが当然であったのが、訪看ステーションを開設したら、いわゆる営業をかけなくては利用者さんはやってきません。ケアマネージャーや地域の関係者とコミュニケーションをはかって、信頼関係をつくり、利用者さんと出会う必要があるのです。
また、医療現場を知らない人が管理者をするステーションの場合は、コスト管理を厳しく言われるかもしれませんが、様々なコストがかかる看取りの現場でそれを言われると、「会社の利益のためにやっているんじゃない!」という気持ちになる看護師もいるでしょう。

ですが、やはり利益を出さなくては組織運営は成り立ちません。これまで私は、医師に対しては経営を教える活動を7年以上続けてきました。今では20名近くいる信愛クリニックの勤務医はもちろんのこと、プライマリ・ケア学会や大学の医学部において、医師に経営を教えるようになり、いつも好評を博しています。
私は、看護師達が経営について学ぶ場も、いつか提供したいと思っています。

テクノロジーに圧倒されがちな病院での医療と異なり、患者さんの自宅を訪れる訪問医療は、人が人を看る医療の本質が現れる現場です。そこに臨む看護師達の志が、くじかれることなく実ってゆく社会の実現にむけて、Human willは今後も進み続けます。

看護師のための心の看かた勉強会について

厳しい寒さが緩み、インフルの流行がパタッと止まったところで、花粉の時期がやってきました。皆さんのコンディションはいかがでしょうか?

今日は、毎月、関内のHuman willの施設Lotusで行っている『看護師のための心の看かた勉強会』についてお話ししましょう。

今月の勉強会では、2月17日に12名の看護師がLotusに集まりました。私が個別にじっくり話をしたのは数名ですが、厳しい現場をくぐり抜けてきた看護師は、その個性は様々であっても、医療のプロフェッショナルとして腹の座った迫力があります。

通常の勉強会のスタイルといえば、スライドがあってホワイトボードがあって、参加者は黙々とノートをとりながら、講師の説明を聞くというものでしょう。知識を伝えることが目的なら、このやり方も有効だと思います。しかし『看護師のための心の看かた勉強会』で伝えたいことは、文書やスライドなどでは表現しきれません。

私が参加者に届けたいメッセージを端的に言えば、『人の心の問題を解決できるようになるには、自分と向き合い、自分の心を深く知ることから始めましょう。自分の心の内側をさらしたり、他の人と真剣にかかわったりすることが、自分と向き合い、人の心と向き合う第一歩です』となります。

文章にすればたったこれだけのことですが、これを読んだからと言って、何かが変わるわけでも何かが得られるわけでもありません。人が変容するには実際の体験が必要です。

たとえば、人とかかわるなかで思いがけずこみ上げてきた感情であったり、じわーっと胸に拡がる温かい感じであったり、人の心の深い部分に触れた時に感じる、ずしーんとした重い感覚であったり・・、そういったリアルな体感です。

同じ空間にいる参加者たちがそういったものを共有していくなかで、互いに共鳴し合ったり、反応し合ったりしているうちに、自分が抱えている問題が、かつて自分の幼い頃の経験と関わりがあり、日常の様々な出来事ともつながっていることに気づくこともあれば、そんな内側での変化を通じて、自分が今まで生きてきたことの意味が突然感じられたりすることもあるのです。

今月の勉強会でも、ある参加者が会のなかで大きく心揺さぶられ、これまで語ったことのない気持ちを吐露し、そこから深まっていくきっかけを掴む場面に立ち会いました。
ですがもちろん、参加者全員が必ずしも勉強会中にそのような体験をする訳ではありません。患者さんに処方する薬にかんすることや、職場での人間関係などについて、皆と話し合ううちに何らかの答えを得られたのであれば、それもとても貴重な学びです。

参加者の意識やニーズによって、会のなかで取り上げる話題は毎回変わります。会を運営する私達スタッフのコンディションも、会の雰囲気に大きな影響を与えていると感じています。その結果として、この会を毎月開催するようになって2年以上が経ちますが、今日は前回と似た雰囲気だったね、ということは一度もありません。

私はこの勉強会が、参加者の心の奥深くに触れる、他では得られない機会となることを心から望むと同時に、多様なニーズに最大限応え、それぞれの人が自分の納得する何かを持ち帰ってくれるような会であるために試行錯誤を重ねてきました。

参加者の心に響く何かを、どうしたら最大限に伝えられるだろう。
私達も参加者と同じ未熟な人間であり、同じように問題を抱えています。そんな私達がどう在れば、参加者が安心して、ありのままの自分を表現して良いのだと思ってくれるのだろう。

私達にとってこの勉強会は、毎回参加者と一緒になって、一期一会の精神で創り上げる真剣勝負の場なのです。

志を共有できる看護師との出会いを、次回も楽しみにしています。

新年の挨拶

明けましておめでとうございます。
皆さまは、どんな正月をお過ごしでしょうか?私は今年も昨年と同じく、千葉県の鴨川まで初日の出を見にいってきました。
愛犬ぽて との車旅ですが、ぽても12歳となり、車旅は今年が限界かもしれません。

ぽてと一緒に暗い水平線を眺めしばらくすると、太陽の光が差しこみはじめました。
地球がエネルギーに満ちていく過程に、圧倒的な宇宙の存在を感じます。

私は朝日に向かって磯に座り、瞑想しました。
太陽の黄金の光が身体にいきわたり、時間を忘れました。

神々しい雰囲気を伝えたくて、私が撮った写真を皆さまにお見せします。

日の出

Human will発展の現状になぞらえると、今はまだ夜明け前ですが、やがてこのようにHuman willの存在が世の中を照らす強い光となることを確信しております。

皆さまの1年が、希望に照らされた1年でありますように。

年末のご挨拶

今年も、残りわずかとなりました。
平成も間もなく終わろうとしており、時の移り変わりを感じます。
寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?

Human willの活動を振り返ってみると、「看護師のための心の看かた勉強会」を毎月実施して、多くの看護師達と出会えたことが思い浮かびます。心と向き合うことに興味をもつ看護師に対して、一歩踏み込んだ関わりをもつことで、大切なことを伝えられるようになりました。それぞれの人生を懸命に生きる看護師たちが、悩み苦しみながらも他の人に手を差し伸べようとする姿をみるにつけ、看護師の成長こそが医療改革の発端となると確信を強めています。

また、心についての学びを深めたい看護師が集う「ナース倶楽部」の会員が増え続けて、58名に達しました。その活動として「おなすの会」が月に1回開かれており、毎回10名前後の看護師が参加しました(その様子についてはこちらのブログをご覧ください)。
おなすの会への参加を重ねるうちに大きな変容を遂げる看護師もいて、Human willが提供する看護師の学びの意義をあらためて感じています。

Human willのカウンセリングも毎月250件を超えて、なお希望者が増え続け、予約が確保しづらいという嬉しい悩みに直面しています。すでにカウンセリング枠の拡大に向けて動きだしました。それでも心の問題の解決を求めて信愛を新たに訪れる患者さんが、多い日には10名近くいるため、到底需要に応えきれないのが現状です。一日も早く看護カウンセラー養成コースの卒業生が世に出てくれることを願っています。

こうして、着実にHuman willプロジェクトは前進を続けています。

なお、看護カウンセラー養成コースについては、受講希望者がコース催行人数に達しなかったため、来年4月の開校は実現できませんでした。引き続き、看護カウンセラー養成コースの開催に向けて活動を続けます。
同時に、看護カウンセラー養成コースで学ぶ土台づくりを行う看護カウンセラー養成コース予備校についても、開催を視野にいれています。

こういった今後の課題を見据えながら、医療改革から始めるHuman willプロジェクトに、来年も注力を続けます。

皆様も、どうか良いお年をお迎えください。

米国出張 ‐ 後編 ‐

あっという間に年末になりました。
冬の気配も濃くなるなか、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今回は、私が9月に米国を訪れて、私にPIPC(内科医が心を診るための方法)を教えたRobert K Schneider先生と会ってきた話をします。Robertを米国ではBobと呼び、目上の師匠もファーストネームで呼び合う米国の慣習に従い、敬意を込めてSchneider先生を以下にBobと呼ばせていただきます。

まずは本気Blogの第3回目、「私の人生を変えたPIPC Bobとの出会い」を、お読みください。

今回、私が渡米を思い立ったきっかけは、Bobとのやりとりからでした。

私は今年6月のある日、ふとBobに「ご無沙汰していますが、元気ですか?」とメールしたところ、Bobから「実は最近、医者を辞めました」と返事が返ってきました。

まだ60歳のBobが、医師として引退するには早すぎると思ったので、私は驚きました。
Bobは、Bob自身が苦しみながら医療に携わり58歳で医師を辞めて、現在は自宅で家具を作って生活していることをメールで伝えてくれました。

それを聞いて私はどうしてもBobに会いたくなり、バージニア州リッチモンドにある彼の自宅を訪れることにしたのです。せっかく渡米するならば、とニューヨークに立ち寄り、ヒラリーと花川さんと面会したことは、前の記事でお伝えしました。

郊外の閑静な住宅街にあり湖に面するBobの家は、とても素敵でした。
奥様のDebraと、2匹の犬Rex&Daphneとが暮らすBobの自宅に、3泊も泊めてもらいました。その間ずっとBobと一緒にいて、森に囲まれた部屋で語り合い、ジムに行きトレーニングし、自宅の地下にある大きな工房でナイフを作ったりして、お互いが楽しみました。知性と、その奥に熱いハートを感じさせるBobと、深い話を存分にする時間がもてました。

患者さんを人として扱い、心と身体を同時に診るためにPIPCを創ったBobは次のように語りました。

「Hiro,米国の医学界では、『心と身体は別ではない』などというと変わり者扱いされるんだよ。そして本気で『患者さんの為に』などと言う医師もまた米国では異端なんだ」

このブログを読んでいるあなたは、Bobの言葉に驚くかもしれません。Bobが語る米国医療の実態に、私も驚いてしまいました。
しかし考えてみると、日本でも状況は同じです。
つまり、日本の医療界でも心と身体は全く別のものとして扱うのが普通ですし、『患者さんの為に』と熱く語っていると、「何を青臭いことを言っているんだ」という空気になりがちです。もちろん総論として『患者さんのため』に反対する人はいなくても、例えば病院で入院中の患者さんが急に具合が悪くなり、深夜にもかかわらず必要な検査を依頼したときに、

病院職員「夜だから出来ません」
医師  「いや、でも患者さんのことを考えたら、今検査しないとダメでしょ!?」
病院職員「そんなこといったって、もう夜勤帯ですから」

というような会話は、医療現場にいる人であれば想像がつくはずです。

では、米国の医師は何のために医療をするのかというと、「金のため」が多いそうです。
年収の多い人が成功者とみなされがちな米国社会において、稼げる職業ランキングの上位に医師が入っています。高名な専門医ともなると、年収が1億を越えることもあり、巨額の奨学金を借りて医学部に入学した学生が、金を稼いでこそ医師になった意味があると考える社会背景があるのです。

そしてBobは、米国の医学研究が製薬会社に牛耳られていることを語りました。
それもそのはずです。主だった米国の製薬会社が2017年の1年間で使った研究開発費は10兆円を軽く超えています。そのように開発されて最近日本でも発売された新薬の中には、1錠8万円もする薬や、1回で90万円以上する点滴が何種類もある現状からすると、医療と金の関係は切っても切れないといえるでしょう。

そんな米国医療の真っただ中で、『患者さんの心と身体を同時に診て、患者さんの為に医療をする』という信念に基づき、医師として働き続けたBobは消耗してしまったのです。

私が心療内科の診かたについての本を執筆していることを、Bobはとても喜んで、私を励ましてくれました。私の肩の上にのって前に進んでいって欲しい、と言ったBobの顔が忘れられません。
奥さんのDebraが目に涙を浮かべて、
「Hiro、あなたが今回来てくれて、こうして話が出来たことがBobにとって、どれほど重要なことだったかわかる?」
と言ってくれたことが心に残っています。

3日間にわたって朝から夜まで行動を共にしながら、Bobと深く語り合った時間を経て、私は自分が内科医の立場から本格的な精神医療に踏み込んでいった原点を感じることが出来ました。
そしてBobと出会えたことへの感謝の想いが込み上げてきて、Bobを師として精神医療を始められたことを一層誇りに思いました。

Bobとの出会いがあったからこそ、後に伊藤先生と出会い、心についての学びを深めて、Human willの道を見出すことが出来たのだと、自分の軌跡を振り返る機会となった旅でした。

今回の米国出張を通じて、人が自分らしく生きられるようになるために、大切な人達と心を通わせられるようになるために、真の医療を追求しながらHuman will projectを突き進めていくことに、気持ちを新たにしています。

 

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米国出張 ‐ 前編 ‐

秋が深まってきましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

私は9月の最終週に7日間、信愛クリニックを離れて、米国にいってきました。
いわゆる観光はせずに、ひたすら人に会って話をしてきました。
私が会いにいった人とは、Hilary Yacobs Hendel、花川ゆう子さん、Robert K Schneiderの3人です。今回は、Hilaryと花川さんに会った話をしましょう。

Hilaryとの出会いは、一冊の本から始まりました。
私は、重度の摂食障害の患者さんや、トラウマに苦しむ患者さんを前にして、どうすればもっと成果がでるのかを模索していました。心の問題への取り組みをカウンセラーに託すことは大切ですが、主治医としても、より効果的な関わりを持ちたいのです。

そんな気持ちで精神療法に関する本をAmazonで漁っていたところ、ふと『It is not always Depression(「それは鬱ではないかも?」井出訳)』という英語の本に出会いました。
AEDP(加速化体験力動精神療法)という心理療法のセラピストであるHilaryが書いたその本を何気なく読み始めた私は、あっという間に引き込まれました。なぜかというと、その本に示されていたAEDPという療法はHuman willのカウンセリングに通ずる手法だったからです。

具体的には、まずAEDPのセラピストは、クライアントが安心できる関係性をつくることに注力します。その上で、クライアントの状態にチューニングを合わせ、クライアントが発する情報を言語的だけでなく非言語的にも読み取りながら、クライアントが独りでは向き合えなかった感情に、向き合えるようになることを支え続けます。クライアントが抑圧してきた感情を、身体感覚をともなって再体験することで、クライアントに癒しと成長を引き起こしてゆくメソッドです。

この本で紹介されている『Change triangle』というツールを使うことで、私は患者さんにカウンセリングの必要性をより明確に伝えることが出来るようになりました。さらに信愛に勤務する医師に対しても、なぜカウンセリングが大切なのかを、短時間で深く伝えることができるようになったのです。

AEDPは、私が知る既存の心理療法の中では、一番しっくりくる感覚があります。人のつながりを大切にするAEDPの方向性は、私が目指す医療改革とも矛盾しません。
これは、とても大切な出会いだと直感した私は、本の著者であるHilaryにメールを送りました。それをきっかけにHilaryとのやりとりが続き、日本人スタッフである花川さんの紹介も得たのでした。

私にPIPCのMAPSO問診を伝えてくれたRobert K Schneider先生(通称Bob)に会うため渡米することは先に決めていたので、ついでにニューヨークに立ち寄ってAEDPジャパンの創始者である花川ゆう子博士と、『It is not always Depression』の著者であるHilary Y. Hendel博士に会いにいくことにしました。

ニューヨークで会った花川さんは、とてもソフトで話しやすい人でした。花川さんは、ニューヨークの大学で心理学の博士をとるときに、AEDPの創始者であるDiana Forshaに出会い、プロカウンセラーとしてニューヨークで暮らしています。カウンセラーが星の数ほどいるといわれるニューヨークで、1時間250ドルのカウンセリングがいつも予約でぎっしりという花川さんは、一流の臨床家といえます。今後、AEDPジャパンの活動を、私は支援する気持ちがあることも伝えてきました。

Hilaryとも会って、一緒にランチをしました。
普段会う人達よりも、深い部分でわかりあえるような、不思議な感覚がありました。
予想していたよりもシャイな人でしたが、とても豊かな知性を感じさせる、深みのある人でした。伊藤先生のことやHuman will projectのことも話をし、あっという間に1時間以上が経っていました。
Hilaryは私に、彼女の本の翻訳をしてほしいといいました。

私は今、自分で『心療内科の診かた』という本を執筆中ではあるけれども、何とか取り組もうと思うと答えました。

これまでの記事でも述べてきた、精神医療における私の成長の軌跡を思い起こすと、独自に心療を学び始め、Robert K Schneider先生に出会ってPIPCを使うようになり、伊藤先生に出会って心とは何なのかを学びました。そして私は今、せいぜい15分しか確保できない保険医療の制約のなかで、医師がどこまで心の問題の核心に近づけるかに挑戦しています。その点において、Hilaryとの出会いが新たな境地を示してくれそうな感覚に、わくわくしています。

次回は、米国バージニア州リッチモンドに住むRobert K Schneider先生のお宅を訪問した話をします。

 

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精神医療とチームの力

いつのまにか日が暮れるのが早くなりましたね。秋の訪れを感じます。
暑さから解放されて、皆さまも動きやすさを感じているのではないでしょうか。

今回は精神医療におけるチームの力について、お話しましょう。

精神医療といえば、密室で患者さんと医師が向き合うイメージが一般的かもしれません。
ですが、信愛クリニックで精神医療を実践して思うことは、心の問題の核心に取り組む医療には、チームの力が欠かせないということです。

まず心の問題の核心とは何でしょうか。
これまでも繰り返し伝えてきたように、ほとんど全ての患者さんにおいて、心の悩みや苦しみの背後には、歪んだ自己認識があります。自分自身に自信と確信が持てず、自分を否定的にしか捉えられないために、うつや不安、その他さまざまな症状が現れるのです。
そして心の問題の根源をたどってゆくと、親との関係に行き着きます。
では親は何故そんな風だったのかといえば、それは親のそのまた親との関係に由来します。
そう考えると、心の悩みの因果関係は、もはや時空を超えた拡がりを見せます。

かくも大きな問題を、未熟な私が独りで、それも限られた診察時間の中で解決することは出来ません。だからこそ、問題解決にはカウンセリングの併用が必須です。しかしカウンセラーも、月に1回か2回のセッションで、全ての問題を解決することは難しいでしょう。
そこで医師とカウンセラーが役割を分担し連携することによって、治療効果が高まることを私は実感しています。

さらに信愛クリニックの精神医療の現場では、看護師も重要な役割を担っています。
例えば診察の待ち時間の間に、看護師が患者さんの話を聴いてカルテに記録をすることで、医師やカウンセラーがより詳しく状況を把握できます。あるいは、診察時の様子が気になった患者さんに、看護師が後日電話連絡をして様子を確かめることもあります。こうすることで患者さんが診察から脱落することを防ぐだけでなく、クリニックと患者さんの信頼関係を積み上げることができます。

このような関わりは看護師に限らず、採血をするときの検査技師の対応や、受付・会計を担当する事務職員の心のこもった温かい笑顔にも、患者さんの心にエネルギーを届ける力があると私は信じています。

では医療がチーム力を発揮するために、大切なことは何でしょうか。
最も大切な条件は、医療チームの人間関係が良好であることだと私は思います。
医療従事者も、様々な問題をもつ不完全な人間であることに変わりはありません。そんな私達は、お互いに弱みや欠点すらも受け入れあい、足りない部分を補い合い支えあってこそ、患者さんの心に届く医療が提供できるのです。

看護カウンセラー養成コースの卒業生が、医療の現場で人間関係の問題を解決し、それによってより良い医療が患者さんに提供される日を私は心待ちにしています。

毎月1回行っている、「看護師のための心の看かた勉強会」は毎回盛況です。さらに学びを続けたい看護師はナース倶楽部に入会し、「おなすの会」も定期的に開かれて、確実な成果が積み上げられています。

あと少し、もう少しで、また一歩、究極の精神医療の実現に近づける、私は自分にそう言い聞かせながら前進を続けています。

カウンセリング導入によって私の心療はどう変わったか

あまり雨が降らないうちに猛暑に突入しましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?異常なまで暑がりの私は、エアコンと扇風機が生命維持装置のようです。

いよいよ今回は、カウンセリングによって私の診療が具体的にどのように変わってきたかをお話しましょう。

前回お伝えしたような奇跡の症例を幾つも目の当たりにするうちに、私は患者さんの心の問題の核心は何だろう? と真剣に考えるようになりました。
え!? 今さらですか? 伊藤先生に5年も前から教わっていて、何をトボけたことを言っているの? と自分で突っ込みたくなりますが、それが現実です。

Human willのカウンセリングが始まった直後は、なぜカウンセリングが必要であるかを上手く人に伝えられないことがもどかしく、私は悶々としていました。

いよいよカウンセリングを提供できる体制が整い、さあ患者さんをカウンセリングに案内するのだ、という段階において、とにかくカウンセリングに行きましょう! と私が連呼しても、患者さんにも、患者さんにカウンセリングを勧める立場である信愛の勤務医にも、カウンセリングの意義が伝わらなかったのです。
それが最近になって、私は人の心の苦しみの構造を次のように説明することで、カウンセリングの必要性を伝えられるようになりました。

人が心の問題で苦しむとき、大抵その背後には否定的な自己認識があります。
「〇〇が出来ない自分はダメだ」「自分は不出来な人間だ」と自分をジャッジし続けると、他人も自分のことをそう思っているに違いないと思い込むようになります。ですから他者の視線を感じると酷く緊張するし、本当の自分が知られたら嫌われるに違いないと妄想してしまいます。
その結果、人付き合いは表面的なものになり、いつも他人から自分がどう思われるかにおびえているため、他人からネガティブな指摘を受けようものなら深いダメージを負うのです。

では、なぜその人のなかに否定的な自己認識が生まれるのでしょう。それは親との関係に由来する例がほとんどです。

不満や怒りを感じるままに表現すれば、『親に向かってなんてこと言うの!』『わがまま言うんじゃありません!』
悲しみを表現すれば『ほら、いつまでも泣いていないで!みっともない!』
喜びを表現すれば『なにをハシャいでいるの、静かになさい!』
あなたもこのように幼児期に感情を自由に表現しようとして、親から抑えつけられた経験はありませんか?

その結果、「言う通りにしなければ、お母さんから嫌われる・・」「お母さんから怒られないように、おとなしく良い子にしていなくちゃ・・」と、親や周囲の人の顔色を窺うようになり、自分の生の感情を抑圧するようになります。
そして、厳しい指摘を受けたり、怒られたりするたびに、『悪いのは自分なんだ』と自責を重ね、自己否定が積みあがってゆきます。

また、時には親の言動によって、幼い心が打ち砕かれるような出来事があり、大人からみれば些細な出来事が、子供の心に深い傷を残すこともあります。

このように、大人が直面している苦しみの深層には、幼少期に受けた心の傷が存在することがほとんどです。幼少のころから今もなお心に抱えている痛みの存在に気付き、癒し、抑えた感情を開放してゆくには、ただクライアントの話を聴くだけのカウンセラーでは不十分であり、クライアントの心の深層に分け入ることができるプロフェッショナルが必要です。それを可能にするのがHuman willのカウンセリングなのです。

患者さんが訴える症状の背後には、不安や自責や罪悪感があり、その深層には抑圧された感情があるのだという説明は、患者さん自身も『そうだったのか』と腑に落ちることが多く、『確かにそれを解決するにはカウンセリングしかない』と納得します。
表面的な症状に対応して薬を処方していたころの診察よりも、私は患者さんの問題をより深く捉えられるようになりました。結果として患者さんとの信頼関係が深まったと感じています。
そして信愛の勤務医に心療を教える際も、カウンセリングの必要性が十分に伝わるように説明できるようになり、『心の問題の真の解決は薬ではない』というメッセージが信愛に勤務する医師の心に届くようになりました。

それだけではなく私は、患者さんの問題解決をカウンセラーに丸投げせずに、見えてきた問題の核心に対して、自分なりに何とかしようとするようにもなりました。

例えば分子栄養療法という代替医療を用いて、食事の指導をしながらビタミンや鉄などのサプリメントを用いて欠乏を補うことで、驚くほどメンタルが改善します。それにより統合失調症の抗精神病薬を、劇的に減らすことも可能です。

また、患者さんの心に刻まれたトラウマ体験に対して、EMDRという心理技法を用いて、フラッシュバックを解消することも、積極的に行うようになりました。
タッピングという経絡のツボを刺激しながらアファーメーションを行う心理技法も、問題の核心がわかるようになった結果、以前よりも効果が増しました。

カウンセリング導入前は、患者さんが診察室から出てゆくときの『おみやげ』は、薬しかありませんでした。それが今では、患者さん自身の問題の核心への気付きであったり、真剣に向き合ってくれる医師の存在であったり、カウンセリングによって解決するかもしれないという希望を、持ち帰ってもらえるようになりました。
良質なカウンセラーたちがいてくれる今、もはや薬を処方することで問題の本質を誤魔化す必要がなくなったのです。

結果として診察室に、温かい時間が流れることが増えたと感じています。カウンセリング導入以前よりも、私は自分の仕事に誇りが持てるようになりました。

私が本格的に精神医療に取り組むようになって20年近く経ちますが、やっと私は本物の心療内科医になれたと感じています。人間の心という宇宙の深遠さに通ずる領域は、私に極められるものではありませんが、少しずつでも前進して、究極の精神医療の実現に向かう決意を新たにしているところです。

カウンセリングがおこす奇跡

極度の暑がりの私は、すでに夏の気配を感じとっていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
究極の精神医療についての連続記事が続き、いよいよ私の心療が、カウンセリングの出現によって、どう変わっていったのかをお話しましょう。

Human willのカウンセリングがはじまって、1年半が経ちました。
始めた頃はセッション数が1日1~2名でしたが、今では多い日には1日15人のセッションが行われています。

カウンセリング開始以前も、心の問題が薬で解決するわけはないと頭ではわかっていた私ですが、実際の外来では全ての患者さんに薬を処方していました。症状に苦しんだ末、来院した患者さんに、『おみやげ』を渡さない訳にはいかないし、ベンゾ系薬はともかく抗うつ薬には確かな効果もあったのです。
何よりも医者は薬を出すものだ、という意識に私は捉われていました。

そんな私の考えが変化したきっかけは、カウンセリングによって何人もの患者さんが、驚くばかりの回復をみせたことによります。

よもやここまで良くなるとは思わなかった!
こんな問題まで改善してゆくのか!
今まで何をしてもダメだったのに!
と、期待をはるかに超える改善を奇跡と呼ぶならば、カウンセリングの成果は大小さまざまな奇跡に満ちています。

今日は、その中でも特に印象に残る一例を紹介しましょう。
その患者さんは50代の男性です。
真面目が服を着て歩いているような人で、老いた母親と二人暮らしをしていました。
公務員として実直に勤務していたのですが、どうしても鬱が治らずに、仕事にいけなくなってしまったのです。そんな彼が私の外来を初診したのは、12年ほど前になります。私は、抗うつ薬のリストを端から端まで全て使い尽くしました。何度か精神科に入院もしました。Human willが始まる前のことですが、私が自分で育成していたカウンセラーによるカウンセリングを何度となく行いましたし、民間のカウンセリングオフィスにも通ってもらいました。なにせ真面目な方ですから、薬は言われた通り服用するし、カウンセリングにも真面目に通うのですが、少しも鬱は良くならなかったのです。

12年もの間、私は出来ることを全てやり尽くしました。彼はとうとう公務員もクビになってしまい、自分の部屋に引きこもったまま言葉を発することもなく、髪はぼさぼさ、目は虚ろ、1年も風呂に入らず異臭を放ち、文字通り廃人になってしまったのです。

Human willのカウンセリングが始まったとき、彼にカウンセリングを導入したのも苦し紛れといってよい気持ちでした。
それが、2週間に1回のカウンセリングを継続して1年半たった今、彼は劇的な回復を遂げることとなりました。
髪は整い、風呂に入り、服装もこざっぱりとして、家の中を片付け、高齢の母を手伝い、毎日外出し、来院しては笑顔で饒舌に語る彼は1年前とは全く別人です。
そして12年に渡り6種類も服用していた精神科系の薬を、先日ついに全て中止終了しました。
今もなお成長を続ける彼は、一体どこまで新しい姿を見せるのか想像もつきません。

このような症例を何度も目の当たりにして、私は心の問題の本質に取り組むことの意義を、あらためて体感しました。
診察時間は、たったの15分しかなかったとしても、そこからカウンセリングにつなぐことによって根本的な解決を得ることができます。
私にとってもはや、薬が唯一の『おみやげ』ではありません。
患者さんに、『お金と時間をかけて、根本的な解決を目指しますか?それとも薬を用いてとりあえず症状を解決しますか?』と選択肢を示すことができるようになりました。
薬では問題の核心を解決できないと実証された今、医師自身が診察の中でも薬を使わずに何とかしようとするようになったのです。

その結果として、私や谷川副院長の心療内科初診では、新患3人のうち1人は薬を処方せず帰るようになりました。薬を処方しない方が患者さんにとって良い結果をもたらすと確信がもてるからこそ、抗うつ薬すら処方せずに診察を終えるのです。

なんのことはない、薬に依存していたのは患者さんではなく、医者だったのです。

ここに至って、信愛クリニックの心療は新たなステージに入りました。
内科医でいながら心を診ることに踏み込んだ第一段階からはじまり、ベンゾ系薬を止めて抗うつ薬に絞っていった第二段階目を通過し、そしてついに抗うつ薬すら使わない心療へと進化を遂げました。

もちろんHuman willのカウンセリングも、私の心療も、まだ発展途上です。

次の記事では、カウンセリングの存在によって、私の心療そのものが具体的にどのように変化していったのかをお話します。

信愛クリニックの軌跡

毎年、4月になると心療内科の初診患者さんが増え始めます。
皆さんも、環境が新しくなる中で、頑張っていることでしょう。

前回は現代精神医療がどうなっているのか、について述べました。
今回は、Human willのカウンセリングが始まってから、私の心療がどのように変化していったかをお話しようと思ったのですが、その前にカウンセリングが始まる前の信愛クリニックでは、どんな医療を提供していたのかをお伝えします。

私が「内科医に精神科診療を教えるPIPCセミナー」を全国で講演し始めたのは、10年前のことです。
セミナーで私は、内科医にむけて、『依存性の強い安定剤を処方するのはやめて、将来的に薬が要らなくなる抗うつ薬を処方しよう』と呼び掛けてきました。

当時は内科医だけでなく精神科医も、患者さんが不眠や不安を訴えたときには、ベンゾジアゼピン系と呼ばれる安定剤(以下ベンゾ系薬)を処方するのがお決まりでした。デパス、ソラナックス、ワイパックス、レキソタン、ホリゾン、マイスリー、ロヒプノール・・といった薬は、医療職であれば誰もがきいたことがあるでしょう。

これらベンゾ系薬は、服用すると直ちに効果を感じます。
ある患者さんは、ベンゾ系薬を服用したとたん、後ろにすーっと引き込まれる感じがする、と言いました。動悸はおさまり、ざわついた感覚があっという間に消えて、もやもやした感じがなくなります。

しかし初めてベンゾ系薬を服用したときは、それほど効いたのに、10日も服用を続けると以前のようには効かなくなります。そこで薬の量を増やすのですが、服用量を二倍にしても効果はわずかしか増えません。増量してもベンゾ系薬の効果には限界があるため、増えた薬の副作用で頭はぼーっとして言葉がもつれますが、肝心の不安は消えないのです。仕方なく他のベンゾ系薬を追加することになり、あっという間に薬の種類と量が増えるのです。しかも、それだけではありません。
薬がきれると、以前よりも強い不安に襲われ、薬の禁断症状によって身体の具合までおかしくなります。気づけば、大量のベンゾ系薬を服用しつづけなくてはいられない身体になっているのです。それでいて、どれほどベンゾ系薬を長期間服用しても、決してベンゾ系薬が要らない状態にはなりません。そもそも薬を服用し始めるきっかけとなった、動悸や不安やモヤモヤは、何ひとつ改善していないからです。

例えるなら、虫歯の治療は放置したまま、すぐに効かなくなってしまう痛み止めの量と種類だけが増えてゆくようなものといえば伝わるでしょうか。

こうして私は自分の診察からベンゾ系薬を排除してゆくうちに、重大なことに気づきました。これまでの精神医療に欠かせなかったベンゾ系薬を、使わない方が患者さんは良くなるのです。ベンゾ系薬は感覚を麻痺させることで、今ある不安を回避します。そして不安は、回避すればするほど強くなります。なぜなら起きてもいないことを心配しているのが不安ですから、しっかり見つめてしまえば、その実態は大したことはないのです。
しかし必死に不安から逃げようとすればするほど、ますます『そうなったらどうしよう』という思いが強くなってゆくわけです。不安と向き合い自分の力で乗り越えるのではなく、ヤクでごまかして逃げている限り、そんな自分を誇りに思うこともありません。

一方で、抗うつ薬は、不安を感じなくさせるのではなく、不安自体の発生を抑える効果があります。さらにベンゾ系薬のように、やがて効かなくなることもなく、服用を続けても依存が生じないので、私はベンゾ系薬の代わりに抗うつ薬を使い、それを普及させる活動を重ねてきました。

欧米諸国でベンゾ系薬の乱用が麻薬に準じる問題であると認識されたのが2001年であるにも関わらず、日本ではごく最近まで長期処方が何の制約もなく可能であり、欧米先進国の5倍以上の処方量が今に至るまで続いています。
やっとこの1~2年で厚労省はベンゾ系薬の処方を規制し始めましたが、臨床現場では依然として複数のベンゾ系薬を1か月連用する処方が当然のように行われているのです。

実際に抗うつ薬は、よく効きます。
抗うつ薬の服用を始めてから効果が出るまで1週間から10日ほどを要しますが、最終的にはほぼ全ての患者さんに、何らかの効果があります。夜はよく眠れるようになり、不安がなくなり、苦しかった身体の症状が完全に消えることもしばしばです。

では,、さっさと抗うつ薬だけ出せばいいのかというと、そうではありません。
患者さんの事情を理解して、それに共感を示し親身になって支えようとする姿勢が伝わってこそ、患者さんは薬を服用する気になり、服用初期に必発する副作用も乗り越えることができます。

身体や心の問題を抱えてやってきた患者さんの話をよく聞いて、きちんと診断して、それに応じた薬を処方して、服用と通院を続けるうちに症状はすっかりよくなってゆく・・これはこれで医療として成り立ちます。だからこそカウンセリング実施前から信愛クリニックには3000人を超える患者さん(平均的な精神科・心療内科クリニックの5~6倍)が、心の問題で通院をしていたのです。

ここでひとつ前の記事『究極の精神医療とは、つまり・・』で出てきた、俺様パワハラ課長が着任してから会社にいけなくなった33歳の女性の件を、もういちど見てみましょう。

彼女は抗うつ薬を服用し、医師の復職支援を得てパワハラ課長がいない課に異動することで、無事復職を果たしました。
しかし幾ら薬を服用したところで、彼女の根底にある自己否定が消えることはありません。なぜならそれは、彼女の親が『不出来な子は許しません』という接し方で彼女を育ててきたために、彼女は親の期待に応えきれなかった自分を否定し続けているからです。

そんな彼女は、人と親密な関係をつくることは難しいでしょう。本当の自分はダメだと信じているため、誰かと親しくなったところで、自分がダメな人間であることがバレたら誰もが離れていくに違いないと思い込んでいるからです。さらにそんな彼女は何かに挑戦するということを避け続けることでしょう。なぜなら挑戦したところで、ダメな自分はきっと失敗するに違いないと思いこんでいるからです。

ストレスによって会社にいけなくなった彼女を通院によって復職させただけでも、医療としての価値はあります。しかし会社に戻れてよかったね!と心から祝福する気持ちに、私はどうしてもなれないのです。それは、彼女が生き方や考え方そのものを変えない限り、真のパートナーシップも友情も得られないまま、会社に人生を埋もれさせてしまうようにしか思えないからです。

できることなら彼女には幸せになってほしい。

そのためには、親の呪縛から自らを開放するために過去と向き合い、自己を再確立して、今までとは違った質の人間関係を築いてゆけるようになる必要があります。
そしてそれは、抗うつ薬をどれほど服用したところで、決して得られるものではないことを皆さんもお分かりだと思います。

だからこそ私は、究極の精神医療を求めてHuman will projectを始めたのです。

次に、いよいよカウンセリングの導入によって、信愛の医療がどう変わったのかをお話します。