カウンセリングがおこす奇跡

極度の暑がりの私は、すでに夏の気配を感じとっていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
究極の精神医療についての連続記事が続き、いよいよ私の心療が、カウンセリングの出現によって、どう変わっていったのかをお話しましょう。

Human willのカウンセリングがはじまって、1年半が経ちました。
始めた頃はセッション数が1日1~2名でしたが、今では多い日には1日15人のセッションが行われています。

カウンセリング開始以前も、心の問題が薬で解決するわけはないと頭ではわかっていた私ですが、実際の外来では全ての患者さんに薬を処方していました。症状に苦しんだ末、来院した患者さんに、『おみやげ』を渡さない訳にはいかないし、ベンゾ系薬はともかく抗うつ薬には確かな効果もあったのです。
何よりも医者は薬を出すものだ、という意識に私は捉われていました。

そんな私の考えが変化したきっかけは、カウンセリングによって何人もの患者さんが、驚くばかりの回復をみせたことによります。

よもやここまで良くなるとは思わなかった!
こんな問題まで改善してゆくのか!
今まで何をしてもダメだったのに!
と、期待をはるかに超える改善を奇跡と呼ぶならば、カウンセリングの成果は大小さまざまな奇跡に満ちています。

今日は、その中でも特に印象に残る一例を紹介しましょう。
その患者さんは50代の男性です。
真面目が服を着て歩いているような人で、老いた母親と二人暮らしをしていました。
公務員として実直に勤務していたのですが、どうしても鬱が治らずに、仕事にいけなくなってしまったのです。そんな彼が私の外来を初診したのは、12年ほど前になります。私は、抗うつ薬のリストを端から端まで全て使い尽くしました。何度か精神科に入院もしました。Human willが始まる前のことですが、私が自分で育成していたカウンセラーによるカウンセリングを何度となく行いましたし、民間のカウンセリングオフィスにも通ってもらいました。なにせ真面目な方ですから、薬は言われた通り服用するし、カウンセリングにも真面目に通うのですが、少しも鬱は良くならなかったのです。

12年もの間、私は出来ることを全てやり尽くしました。彼はとうとう公務員もクビになってしまい、自分の部屋に引きこもったまま言葉を発することもなく、髪はぼさぼさ、目は虚ろ、1年も風呂に入らず異臭を放ち、文字通り廃人になってしまったのです。

Human willのカウンセリングが始まったとき、彼にカウンセリングを導入したのも苦し紛れといってよい気持ちでした。
それが、2週間に1回のカウンセリングを継続して1年半たった今、彼は劇的な回復を遂げることとなりました。
髪は整い、風呂に入り、服装もこざっぱりとして、家の中を片付け、高齢の母を手伝い、毎日外出し、来院しては笑顔で饒舌に語る彼は1年前とは全く別人です。
そして12年に渡り6種類も服用していた精神科系の薬を、先日ついに全て中止終了しました。
今もなお成長を続ける彼は、一体どこまで新しい姿を見せるのか想像もつきません。

このような症例を何度も目の当たりにして、私は心の問題の本質に取り組むことの意義を、あらためて体感しました。
診察時間は、たったの15分しかなかったとしても、そこからカウンセリングにつなぐことによって根本的な解決を得ることができます。
私にとってもはや、薬が唯一の『おみやげ』ではありません。
患者さんに、『お金と時間をかけて、根本的な解決を目指しますか?それとも薬を用いてとりあえず症状を解決しますか?』と選択肢を示すことができるようになりました。
薬では問題の核心を解決できないと実証された今、医師自身が診察の中でも薬を使わずに何とかしようとするようになったのです。

その結果として、私や谷川副院長の心療内科初診では、新患3人のうち1人は薬を処方せず帰るようになりました。薬を処方しない方が患者さんにとって良い結果をもたらすと確信がもてるからこそ、抗うつ薬すら処方せずに診察を終えるのです。

なんのことはない、薬に依存していたのは患者さんではなく、医者だったのです。

ここに至って、信愛クリニックの心療は新たなステージに入りました。
内科医でいながら心を診ることに踏み込んだ第一段階からはじまり、ベンゾ系薬を止めて抗うつ薬に絞っていった第二段階目を通過し、そしてついに抗うつ薬すら使わない心療へと進化を遂げました。

もちろんHuman willのカウンセリングも、私の心療も、まだ発展途上です。

次の記事では、カウンセリングの存在によって、私の心療そのものが具体的にどのように変化していったのかをお話します。

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