カウンセリング導入によって私の心療はどう変わったか

あまり雨が降らないうちに猛暑に突入しましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?異常なまで暑がりの私は、エアコンと扇風機が生命維持装置のようです。

いよいよ今回は、カウンセリングによって私の診療が具体的にどのように変わってきたかをお話しましょう。

前回お伝えしたような奇跡の症例を幾つも目の当たりにするうちに、私は患者さんの心の問題の核心は何だろう? と真剣に考えるようになりました。
え!? 今さらですか? 伊藤先生に5年も前から教わっていて、何をトボけたことを言っているの? と自分で突っ込みたくなりますが、それが現実です。

Human willのカウンセリングが始まった直後は、なぜカウンセリングが必要であるかを上手く人に伝えられないことがもどかしく、私は悶々としていました。

いよいよカウンセリングを提供できる体制が整い、さあ患者さんをカウンセリングに案内するのだ、という段階において、とにかくカウンセリングに行きましょう! と私が連呼しても、患者さんにも、患者さんにカウンセリングを勧める立場である信愛の勤務医にも、カウンセリングの意義が伝わらなかったのです。
それが最近になって、私は人の心の苦しみの構造を次のように説明することで、カウンセリングの必要性を伝えられるようになりました。

人が心の問題で苦しむとき、大抵その背後には否定的な自己認識があります。
「〇〇が出来ない自分はダメだ」「自分は不出来な人間だ」と自分をジャッジし続けると、他人も自分のことをそう思っているに違いないと思い込むようになります。ですから他者の視線を感じると酷く緊張するし、本当の自分が知られたら嫌われるに違いないと妄想してしまいます。
その結果、人付き合いは表面的なものになり、いつも他人から自分がどう思われるかにおびえているため、他人からネガティブな指摘を受けようものなら深いダメージを負うのです。

では、なぜその人のなかに否定的な自己認識が生まれるのでしょう。それは親との関係に由来する例がほとんどです。

不満や怒りを感じるままに表現すれば、『親に向かってなんてこと言うの!』『わがまま言うんじゃありません!』
悲しみを表現すれば『ほら、いつまでも泣いていないで!みっともない!』
喜びを表現すれば『なにをハシャいでいるの、静かになさい!』
あなたもこのように幼児期に感情を自由に表現しようとして、親から抑えつけられた経験はありませんか?

その結果、「言う通りにしなければ、お母さんから嫌われる・・」「お母さんから怒られないように、おとなしく良い子にしていなくちゃ・・」と、親や周囲の人の顔色を窺うようになり、自分の生の感情を抑圧するようになります。
そして、厳しい指摘を受けたり、怒られたりするたびに、『悪いのは自分なんだ』と自責を重ね、自己否定が積みあがってゆきます。

また、時には親の言動によって、幼い心が打ち砕かれるような出来事があり、大人からみれば些細な出来事が、子供の心に深い傷を残すこともあります。

このように、大人が直面している苦しみの深層には、幼少期に受けた心の傷が存在することがほとんどです。幼少のころから今もなお心に抱えている痛みの存在に気付き、癒し、抑えた感情を開放してゆくには、ただクライアントの話を聴くだけのカウンセラーでは不十分であり、クライアントの心の深層に分け入ることができるプロフェッショナルが必要です。それを可能にするのがHuman willのカウンセリングなのです。

患者さんが訴える症状の背後には、不安や自責や罪悪感があり、その深層には抑圧された感情があるのだという説明は、患者さん自身も『そうだったのか』と腑に落ちることが多く、『確かにそれを解決するにはカウンセリングしかない』と納得します。
表面的な症状に対応して薬を処方していたころの診察よりも、私は患者さんの問題をより深く捉えられるようになりました。結果として患者さんとの信頼関係が深まったと感じています。
そして信愛の勤務医に心療を教える際も、カウンセリングの必要性が十分に伝わるように説明できるようになり、『心の問題の真の解決は薬ではない』というメッセージが信愛に勤務する医師の心に届くようになりました。

それだけではなく私は、患者さんの問題解決をカウンセラーに丸投げせずに、見えてきた問題の核心に対して、自分なりに何とかしようとするようにもなりました。

例えば分子栄養療法という代替医療を用いて、食事の指導をしながらビタミンや鉄などのサプリメントを用いて欠乏を補うことで、驚くほどメンタルが改善します。それにより統合失調症の抗精神病薬を、劇的に減らすことも可能です。

また、患者さんの心に刻まれたトラウマ体験に対して、EMDRという心理技法を用いて、フラッシュバックを解消することも、積極的に行うようになりました。
タッピングという経絡のツボを刺激しながらアファーメーションを行う心理技法も、問題の核心がわかるようになった結果、以前よりも効果が増しました。

カウンセリング導入前は、患者さんが診察室から出てゆくときの『おみやげ』は、薬しかありませんでした。それが今では、患者さん自身の問題の核心への気付きであったり、真剣に向き合ってくれる医師の存在であったり、カウンセリングによって解決するかもしれないという希望を、持ち帰ってもらえるようになりました。
良質なカウンセラーたちがいてくれる今、もはや薬を処方することで問題の本質を誤魔化す必要がなくなったのです。

結果として診察室に、温かい時間が流れることが増えたと感じています。カウンセリング導入以前よりも、私は自分の仕事に誇りが持てるようになりました。

私が本格的に精神医療に取り組むようになって20年近く経ちますが、やっと私は本物の心療内科医になれたと感じています。人間の心という宇宙の深遠さに通ずる領域は、私に極められるものではありませんが、少しずつでも前進して、究極の精神医療の実現に向かう決意を新たにしているところです。

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