適応障害とは、誰もが『それは落ち込むよね』と思う状況に対して、了解可能な範囲で落ち込んで、心身の不調を来した状態です。
環境やストレスに反応して、必ずしも病的とは言えない程度の落ち込みを認めます。
その症状は、うつ病とほぼ似通っていますが、程度が若干軽いと考えて良いです。
例えば、異動した先の課長からパワハラをされて、
会社に行けなくなった、といった経緯が典型的な適応障害の一例です。
課長のパワハラが、うつ状態発症のきっかけとなったことに間違いはありません。
ですが、うつ状態の背景には、
本人が以前からもっていた自己肯定感の低さが関連していることもあれば、
月経過多気味で鉄欠乏があり、それが気分不調に大きく影響しているかもしれません。
もともと対人関係が上手くいかずに悩んでいたところ、
異動先にパワハラ課長がいたとした場合は、パワハラ課長の存在は引き金に過ぎず、
問題の本質は別にあるかもしれません。
『うつ状態』の背後には、様々な要素が絡みあっているものです。
特定の原因に反応し、抑うつ状態を呈すると適応障害とよびます。
とはいうものの、例えばコロナ禍の中で人がストレスを抱えるとき、
それは地球規模の災害の結果です。
例えば、本屋さんに勤務する社員にしてみれば、
多くの書店がネット販売に駆逐される動きのなかで、
職場環境が悪化してゆくのは、あらがい様のない時代の変遷です。
もちろん勤務先の社長をはじめとする社風そのものがブラックな会社であれば、
組織風土が人の心を潰す存在かもしれません。
温かい社風の会社であっても、業務内容があなたの特性に一致していなければ、
しっくりこないのも当然でしょう。
次々と部下を適応障害に追い込んだクラッシャー上司に当たらなくとも、
あなたの苦手なタイプが上司になるだけで、心の負担が積み上がるかもしれません。
大事なことは、変えられないものを変えようとせず、
変えられるものを変えてゆくことです。
災害や時代の変遷、社風やクラッシャー上司を変容させることは出来ません。
最もコントロールが効くのは、あなた自身が自分をどう認識し、
あなた自身が自分に対してどう在るのかを、変えてゆくことです。
適応障害の症状もまた、人それぞれ異なります。
主だったものとして、何をしていても楽しめない、興味がわかない、
虚しくなる、イライラしやすくなる、ネガティブになる、気力が出ない、
不安や緊張が続く等、様々な症状がみられます。
適応障害と診断された人のほぼ全てに共通する症状は、
朝起きたときに身体が重い、以前は楽しめていたことが楽しめなくなってきたという症状です。
適応障害と、うつ病に明確な区別はありません。
了解可能な原因に対する反応として、了解可能な程度のうつ状態であれば、
適応障害と呼ぶ、という定義自体が曖昧です。
その不調を、適応障害と呼ぼうと、あるいはうつ病と呼んだとしても、
実は治療に変わりはありません。ですから、
『わかり易いきっかけがある、軽めのうつ病』と表現しても何も間違いではありません。
最初は適応障害と診断したのに、後になって統合失調症と診断されたり、
双極性障害と診断したりすることは、十分にありえます。
背後にPTSD(トラウマ記憶による諸症状)があって、
それを見落とすことも多いですし、そもそも適応障害に至った根底の原因として、
親が心を繊細に扱ってくれなかったせいだ、という点も含めるなら、
適応障害のほぼ全例近くが複雑性PTSDと診断されてしまうかもしれません。
適応障害の原因に様々な次元の多彩な要素が関わる以上、
治療法もひとつではありません。
変えられるものを変え、変わらないものは変えようとしない、
原則に基づいて、ひとつひとつ取り組んでゆくことになります。
基本方針としては、①環境を変える ②コンディションを良くする
③本人の捉え方を変える ④対処する技法を身につける
⑤本人自身の生き方を新たに見出す
があります。
①環境を変える
退職、転職、部署異動は可能なら十分検討に値します。
自分に降ろされてくる業務量を減らしてもらうだけでも、
大きな効果があるかもしれません。上司に配慮を依頼したり、
問題となっていた同僚に注意してもらうだけでストレスが減るのであれば、
医師が職場に伝達することも出来ます。
②コンディションを改善する
最も簡単で有効な方法として抗うつ薬の服用があります。
うつ状態に陥ると人は自己回復力を失っています。
副作用が少なく、依存性の無い抗うつ薬を必要最小量使うことで、
自己回復力が発揮されるようになります。
服薬以外にもコンディションを良くする方法は沢山あります。
鉄欠乏の補充、欠乏するイオンやビタミンの補充、
断酒、適切な食事と運動、十分日光に当たること、良質な睡眠の確保、
自律訓練法といった方法をバランスよく組み合わせれば、
多くの適応障害事例を解決できることが多いです。
③本人の捉え方を変える
自分が状況をどのように認識しているのか、その癖と偏りを認識して、
現実に沿った自分に優しい捉え方に修正することは大切です。
認知行動療法として知られており、そこから進化した手法も開発されています。
自分を深く知ることがその第一歩になります。
例えば、自分がいい加減で無能なのだ、と思い込んでいたところ、
自分に軽いADHDの傾向があると知ったとしましょう。
ミスをしてしまう、課題への取り組みを引き延ばしてしまう、
そんな自分をダメな奴だと責めていたけど、
それが自分の持つ特性の現れだと知ると、罪悪感が消えたり、
その特性を有るがままに受け入れやすくなるかもしれません。
更に、その特性を強みに変える方法を知り、
対処する方法を知ることで希望を感じることも出来ます。
④対処する技法を身につける
自分の揺れ動く感情にどう対処するのか、
理不尽な環境にどう対処するのか、開発された技術があり、
それを学ぶことで現実への適応力を高めることが出来ます。
楽器演奏やスポーツを習得するのに本を読んだだけでは不十分なように、
技法を身につける為には練習・訓練を経て身ににつけるものです。
その為にはリワークデイケアなどで時間をかけた習得が必要です。
⑤本人自身の生き方を新たに見出す
辛い環境のなかでメンタルダウンした経験は、
人生の失敗体験ではないと私達は考えています。
これまでの生き方が、
本来の自分と合わない要素があったことは間違いないでしょう。
抑うつ症状は、このままでは立ちいかないことを教えてくれています。
自分の心の声と身体の声に耳を澄ますとき、本当の自分とは何か、
本来どう生きたかったのかに気づくことが出来るかもしれません。
それはライフスタイルの変更につながるかもしれませんし、
目的や目標の修正に至るかもしれません。
何が正解なのかは与えられるものではなく、
あなたの内側から見出すべきものだと私達は考えています。
☆あなたは独りではない
適応障害に取り組む医療の基本は、
患者さんの味方であり応援者で在り続けることにあります。
そんな自分でいて良いのだ、自分はダメではないんだ、
ジャッジされることなく、自分をわかってくれる場があるのだ、
という気持ちになれる場が何よりも必要とされています。
医療がその一翼を担えることを私達は目指しています。